令和5年第3回定例会

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本多夏帆
本多夏帆
ワクワクはたらく現職

6003◯7 番(本多夏帆君)  ワクワクはたらくの本多夏帆です。
 夏の思い出について、1つお話をしたいと思います。今年は、武蔵野市議会での友好都市訪問ということで、市議会としては7年ぶり、私にとっては初めての長野県安曇野市へ行くことができました。ゼロ歳児を育てている身として、参加をほぼ諦めているような状況でしたが、子どもと一緒にでも参加ができるようにと、議長をはじめ皆さんが動いてくださり、安曇野市議会の皆様も温かく迎え入れてくださって、視察への参加が実現しました。こうした機会について、無理して行かなくてもいいのだよという考えがあったり、オンラインでもいいのではないかということもあったりします。もちろん、ケース・バイ・ケースだとは思いますが、同じ組織に属する者として、同じ経験をし、認識を合わせておくというのも、組織の成長、発展にとってとても重要なことであると考えています。だからこそ、参加できるなら参加したいと考え、これまでもそうしてきました。私は議員としてこうしたことを当たり前にしたいという気持ちはありますが、周囲の理解、協力があってこそ、いろいろな人がいろいろな活動ができる。要所要所で助け合いながら生きている武蔵野市議会、そして議会事務局をはじめとする武蔵野市の寛容さを改めて実感した経験となりました。この場を借りてお礼申し上げます。
 さて、そんな一夏を過ごす中でも、地域において、また様々な触れ合いがありました。そこからの着想で、重たい内容にはなりますが、今回は、「命を大切にする」武蔵野市の多様な取組等についてというタイトルで、大きく3つ質問をしたいと思います。
 1つ目、生と死に向き合う市民に武蔵野市ができることについて。
 どちらかというとこれまで、妊娠出産や育児といった命の始まりの部分にフォーカスをした質疑を多くしてきましたが、地域の中にいると、当然にそれと同じくらい死と向き合う場面があります。行政書士という仕事柄、相続や成年後見といった手続のお話を伺うこともありますが、現在の市役所もそれは同様なのではないでしょうか。市のホームページでも、「おくやみ」のページには、手続や葬儀、戸籍についてといった事柄が並んでいます。これまでも多くの議員から、お悔やみコーナーの設置や、手続をもっと分かりやすくすることなどへの指摘がなされてきています。これはこれでとても大切なことだと思いますが、今回テーマにしたいのは、別の視点、もう一つの福祉です。もう一つのと申したのは、今回改めて考えてみた福祉の意味にあります。
 こうした、自らの死や身近な人の死に向き合うことを考えたとき、武蔵野市のどこで相談したらいいのだろうと考えると、恐らくは福祉総合相談窓口になるのかなと考えました。そもそもこの窓口は、どこに相談したらいいか分からないとか、複合的な問題を抱えているといった場合に相談することができるものです。困り事や生活への不安をコーディネーターの方に聞いてもらうことができ、課題の解決に向けて、分野横断的に連携対応をするという体制になっています。
 総合して相談できるということになっているのはとてもありがたいことですが、そもそも、この福祉というのは一体何なのだろうと考えてみました。議員としてここにいると、当たり前のように使う言葉ですが、生活している中で、福祉という言葉は、はっきりと中身が分かるものなのか、疑問が湧きました。市のホームページでも、この相談窓口について、福祉に関してという前置きがついていますが、どこからどこまでが福祉なのか、その具体的内容というのは一般にイメージができるものなのでしょうか。
 福祉という言葉は、「福」も「祉」も幸せ、幸いを意味する漢字から成り立っています。英語で言うとウェルフェア、よく生きるという単語が近いものとされていますが、これを調べているときに見つけた社会福祉法人伊豆の国市社会福祉協議会の解説は至ってシンプルで、「ふだんの くらしを しあわせに」と福祉の頭文字を取って書かれていました。なるほどと思いました。ふだんの暮らしを幸せにするために、困っていることや不安なことについて相談できるのが福祉総合相談窓口である、これが本来的な意味なのではないかと考えたのです。次のテーマでもある子どもの権利条例の部分とも重なりますが、これくらい分かりやすく、あるいは大きな風呂敷を広げておかないと、困っている市民となかなかつながることができないのではないかなと思います。
 このように、福祉的な相談といったとき、今回のテーマにしている死というものにおいても、手続や支援制度云々といったことだけではなくて、精神的な部分での支援、市民の幸せを実現するための体制、取組が必要と考えています。これは、恐らく分野的に言えば、今回取り上げている分野は心の健康ということでもあると思います。恐らく、こういった相談が仮に総合相談窓口に来たときに、健康分野に連携されるものだと思いますが、相談したところからはどうなるのでしょうか。そもそも武蔵野市はこういったケースに対応しているのでしょうか。死というものに向き合ったとき、その不安を吐露できる場所があるのか。ただただつらい、怖い、悲しいといった感情を出せるところがあるのか。健康のための予防的な取組はたくさん見ます。体操もあります。でも、病気になって行けなくなってしまう。もう治る見込みもない。余命宣告を受ける。参加していたコミュニティから離れてしまう。そのままもう私たちにできることはないのでしょうか。死ぬまでがふだんの暮らしではないのでしょうか。
 市の書類のいろいろなものを見ても、予防、認知症を知る、障害を知る、最期まで安心して住み続けられる、そこまでは書いてあります。そこまでもとても大切だと思いますが、私は、最期まで市民の幸せを考えられる、市民の命を大切にする市政であってほしいと思い、今回の質問をすることにしました。
 具体的な質問です。
 (1)市民が死について考える取組が、市によって──分かりにくいですね、「し」ばかりで──武蔵野市によってそういった取組が行われているかを伺います。
 (2)死を目前とした市民のQOL向上のための武蔵野市の施策について伺います。
 (3)身近な人の死に向き合う市民に対する武蔵野市のサポート体制について伺います。
 大きな2つ目です。武蔵野市子どもの権利条例の実効性を高めることについて。
 この4月から子どもの権利条例が施行されたわけですが、次の動きとしては、子どもプランの策定というところが大きなところかと思います。条例の推進体制としても、目標設定や検証について、8月にリリースされた逐条解説でも説明がなされています。
 そこで質問です。
 (1)本条例が施行されてからの武蔵野市の取組の変化を伺います。施行後の反応はどうでしょうか。特に子どもたちの反応はとても気になるところです。第六期長期計画・調整計画の策定プロセスにおいて実施された、「住んでる・住みたい武蔵野市を中高生世代が考えよう」というワークショップが5月にありました。その報告書を見ますと、子どもの権利条例ができたが、どうですかという質問がありまして、それに対して、参加している中高生の皆さんから、難しそうだとか、何か自分たちにプラスがあったかというと、そんなに出てこないとか、正直に言うと、あるのだなと知っているくらいといった反応があったようです、その報告書からはですけれども。当然これはこの参加者の中でという声にはなりますが、まだまだその変化というものは見える形にはなっておらず、これからだというふうに思うのは、これはつくる側の視点であって、私としては、せっかく世に出したわけなので、そのタイミングを逃さず啓発やPRなど、そういったことを力を入れてやっていくことによって、子どもの権利条例ができた、子どもたちの意識、意思、意見を大切にしていくのだ、一人一人のことを大切にしていくのだというメッセージ、そういったものを体感として広げていくには、そういったタイミングを逃さずにやっていくことがよいのではないかなと思ったりもします。
 ほかにも、このワークショップの報告書の中身ですけれども、興味深い声がたくさんありました。少し紹介をしますと、学校の相談室や保健室は、悩みがあっても気軽には行けないとか、自分の弱みを握られるという感覚がある、これは大人でも自己開示は難しいことだと思いますが、そういった声がありました。それから、武蔵野市のホームページを見に行ったことはない。ちょっと残念ですけど、でもやはりそれが現実だろうなというふうには読んでいて思いました。子ども向けのイベントはたくさんあるけれども、どちらかというと小さいお子さん向けだったり、小学生ぐらいのものが多くて、中高生向けのものというのが、まずあるのかどうかよく分からないということ。それから、探すのはとても大変だというふうに感じたと。そういった中高生向けの発信というのももっとやってほしいという声もありました。こうした点は、これまでも議会でもたくさん話が出ていたというふうに思いますが、すぐに改善できるものもあるのではないかなというふうに考えています。
 そこで、2つ目の質問(2)、こういったこのワークショップの報告書、あるいは若い世代の声ということで、先日、第三期産業振興計画策定プロセスにおいての市民等ワークショップというのもありましたが、そちらでも大学生の皆さんが参加をされていました。こういった若い世代の声が、ある種私としては生々しく可視化されているなというふうに感じるのですけれども、そういったものに対しての市としての分析、気づきについてお伺いをしたいと思います。
 そして、以前から、この子どもの権利条例を策定するに当たっては何度もテーマとして出てきたというふうに感じているのが、自分たちの声を言葉にすることが難しい幼少期の子どもたちについてどう動いていくのかということです。そこで(3)の質問ですが、声として可視化されにくい幼少期の子どもたちの価値観については、どういった調査や分析を行い、施策に反映していくのかを伺いたいと思います。今回、この子どもたちの考えとか好き嫌いといったもの、様々なものをひっくるめて価値観という言葉を使いましたが、かなり広い意思というところとも、少し意味として離れるかもしれませんが、それくらい幼少期の子どもたちの声を分析するのはすごく難しいことだというふうに思っています。これは全体的な取組ということになると思いますけれども、その取組についてお聞かせをいただければと思います。
 それでは、最後の大きな3つ目の質問です。子育て支援におけるハード面の整備について。
 (1)おむつ替えや授乳スペースなど子育てに必要なハード面の整備について、現在不足していると認識しているところがあるか、また、その改善予定について伺います。昨日の質疑の中でも、公園のトイレについての質疑が展開されていました。やはり私のところにも届く声としては、公園はどんどんできているのだけれども、トイレが近くにないので、結構大変な思いをしているとか、あとは、おむつ替えのできるスペースというのも大分広がってきているとは思いますけれども、私が生活をしている三鷹駅北口のエリア、駅近のエリアでは、授乳できるところというのが基本的にないので、公共施設が幾つかあると思いますけれども、何でないのだろうなというふうにずっと思っています。今は、三鷹駅の中、駅ナカのところに授乳できる設備があったり、あとは南口の駅ビルにあったりしますけれども、北口にはないのです。なので、南口に行くか、駅の中に入らなければいけないという状況になっているので、そういったことについてどういうふうに考えていらっしゃるのかというのをちょっと聞きたいなと思って質問をしました。
 (2)公共施設において、例えば女性トイレにあるおむつ替えシートが男性トイレにはないといった、保護者の性別により子育てを阻害しているようなことがないかということを伺います。市役所のトイレでも、女性向けのトイレのところにはおむつ替えシートがあったりするのですが、男性向けのところには、全部の階──入れないのでちょっと分からないのですけれども、恐らくないのではないかなと。多目的トイレは確かにありますけれども、階も限られていたりとかはするので、それは市役所のことですけれども、ほかの公共施設のところでもそういったことがないのかどうかとか、あとは、ほかの御相談としてもあったのは、例えば幼児用の小便器だとか、そういったものが、小便器になると、今度は男性用のトイレにはあるけれども、女性用のトイレにはないのでそれが使えない、母親が息子を連れて行ったときにそれが使えないとか、そういったことも難しさがあるのだなというふうに思っています。あとは、スポーツ施設において更衣室の問題というのもあるのではないかなというふうに思っていますが、そういったところも含めて、市のほうで把握されているところを今回は伺いたいなというふうには思っています。
 (3)こういったハード面、設備のところというのが多数整備されていたとしても、その情報が子育て世帯に届いていかないと、利用にはつながっていかないかなというふうに思います。そこで、武蔵野市の公式サイトの施設マップなどでの工夫について伺います。ということで、これは実は平成30年度決算特別委員会でも私が指摘をした点なのです。武蔵野市の公式サイトのところでも、市の関連施設というのが地図で掲載されているページがありまして、それを見ると、いろいろなところに公共施設があるのだなということを見ていくことは実はできるのですが、その施設ごとに、ここにはおむつ替えができるところがありますよとか、授乳できるスペースがありますよというのは、アイコンで施設ごとに掲示はされているのですけれども、そっちの機能から検索をすることができないので、1個ずつ施設を見て、できるのか、できないのか、どうなのかということを判断していかないといけないという仕様になっています。これを決算のときに、随分昔ですけれども、そのときに、本当は機能側からマップを見ることができれば便利なのにという指摘をさせていただいて、実際、この授乳、おむつ替えということについて言えば、子育て世代向けの「すくすく」という冊子のほうにお出かけマップがあったりとかして、そのマップの掲載は確かにあるのですけれども、この地図で検索できることの重要性といいますか、では、そっちで見たけど、そこから「すくすく」に飛んでいくためのリンクとかもないので、そういった部分の動線というところも含めて、なかなか使う側としては、もうちょっと何とかならないのかなというふうに思っているところです。そういったところも含めて今回は質問をさせていただきました。
 以上、壇上からの質疑とさせていただきます。よろしくお願いいたします。

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